正義のために―勇気をもって江沢民を提訴した第一人者たち

人権

江沢民・元中国国家主席は権力を乱用し、1999年から何の罪もない法輪功を悪者に仕立て上げ、前代未聞の残虐な弾圧を全面的に発動した。中でも最も残酷なのは、秘密の強制収容所に不当監禁された法輪功学習者から、心臓、腎臓、肝臓などの臓器を生きたまま摘出し、その臓器を移植用に高値で売るという「臓器狩り」だ。

日本では、2018年9月NHK BS1「BS世界のドキュメンタリー選」にて、強制収容所で迫害を受けていた法輪功学習者のドキュメンタリー映像「馬三家からの手紙」が放送され、人々を驚愕させた。
人権侵害を続けている中国の強制労働所の実態を暴露した衝撃のドキュメンタリー映画「馬三家からの手紙」

全世界では、法輪功への迫害停止を求める動きが活発で、2008年の人権聖火リレー世界100万人署名活動、2013年の臓器狩り停止署名活動の他、米国下院、欧州議会などでも法輪功迫害の即時停止を求める決議案がどんどん可決されている。

この記事で紹介された、段巍さん、朱柯明さん及び王傑さんは、2000年8月、江沢民を提訴した第一人者であり、人類史上最大の人権侵害およびジェノサイドに対して、3人は 勇敢に立ち上がった。そして、このことが中国で人類史上最大規模の人権訴訟の波を引き起こし、2015年12月まで、20万人以上の中国人が最高人民検察院と最高人民裁判所に対して、法輪功迫害の罪で江沢民を提訴した。

江沢民を提訴した第一人者たち

段巍さんは医学者の家系に生まれ 、中南海からも一目置かれる北京の名医だった。中国軍の将軍から信頼されただけでなく、東南アジア各国の多くの将軍も彼女の患者だった。段さんは普通の女性とは違い、豪快でさっぱりした性格の持ち主だという。

段巍医師
「男ぽい性格だったから、普通の男性は私に近寄ることもできなかったようです。しかし彼だけは 『僕はちがう』と言って、追いかけてきました」

彼(夫)は北京の中央美術大学を卒業後、ビジネスに転向し、建築デザイン会社を立ち上げた。二人が最初に出会ったのは1997年の冬で、段さんは当時、海外から輸入した家具を修理できる店を探していた。

段巍さんの夫・朱柯明さん
「最初に会った時から、お互い相手が好きになり、意気投合しました」

趣味から料理の味に至るまで、二人は多くの共通点を持っていたという。当時の朱柯明さんは大酒飲みで、仕事のストレスから不眠症になり、毎晩大量のお酒を飲んでいた。

ある日、段さんは甥の王傑さんを紹介した。当時、段さんも王傑さんも法輪功を修煉しており、二人とも心身の恩恵を受けていたので、不眠症に悩む朱さんにも、法輪功を薦めた。

朱柯明さん
「最初に本を読んだ時、この本は人に良い人になるように教えていると感じました。そして、宇宙の理に関して説いていて、私が模索していたものと一致し、私の人生に必要な本だと思いました。それから酒も飲まなくなり、会社の従業員たちも驚いていました。大酒飲みが酒をやめるなんて、あり得ないと」

しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。

1999年7月22日、中国公安部が法輪功を取り締まる通告を出し、全国のメディアが一斉に法輪功を批判しはじめた。

朱柯明さん
「中央テレビが法輪功を誹謗中傷し、とても受け入れられない内容だったので、思わず涙がこぼれました」

朱さんと段さん、そして甥の王傑さんは 、当局が法輪功を誤解しているから、誤って法輪功を禁止したと考えた。そして、当時の共産党トップの江沢民に手紙を出すことにした。各レベルの政府部門に対して陳情を行い、迫害をやめてほしいと訴えた。

彼らは数千通もの手紙を出したが、弾圧はますます深刻化し、迫害による死亡者数は日に日に増えていった。

3人はある決心をした。実名で、当時のトップ江沢民と羅幹、曾慶紅を憲法違反および人権侵害の罪で提訴することにしたのだ。共産党のトップを訴えることは、共産党一党独裁の中国では前代未聞のことだった。

2000年8月25、朱柯明さんと王傑さんは、中国人民最高検察院に対して4万字に上る訴状を提出した。郵送する前に、二人は段巍さんのサインを外した。

朱柯明さん
「中国共産党ならどんなこともやりかねないのです。仮に逮捕されたとしても、 男二人は刑務所で苦を舐めても耐えられるが、段巍は女性なので、耐えられないかもしれないと考えたのです。それで、彼女の名前を削除し、訴状をプリントし直しました」

10日後、朱柯明さんと王傑さんは警察に連行された。

2か月過ぎた頃、王傑さんの家族に「迎えに来るように」と警察から連絡が来また。家族が目にしたのは変わり果てた王傑さんの姿だった。意識が朦朧としていて、大小便失禁、さらには2日に1回透析を行わないといけない状態になっていたのだ。

王傑さんは当初、拘置所で受けた虐待について家族には話さなかった。ある日、爪に爪楊枝を刺すなど、法輪功学習者が受けた拷問を再現した絵画を目にした時、王傑さんは涙を流した。

段巍さん
「『叔母さん、これらの拷問、僕全て受けたよ』と、王傑はようやく自分が受けた拷問について話し始めました。男数人が彼の肩を傷めつけ、それから腎臓の部位を膝で蹴り続けました。今度は生殖器を膝蹴りしはじめました。引き続き、誰かが手刀で首を打ち、王傑は気絶しました。目が覚めた時には、すでに1か月が過ぎていました。ずっと昏睡状態に陥っていたのです」

2001年6月18日夜、王傑さんはこの世を去った。まだ38歳だったという。

朱柯明さん
「王傑が生きていれば、3人が一緒にいると、本当に楽しいのに…ぽっちゃりした子で、 積極的でとても勤勉で忍耐強い人でした」

当時 朱さんは5年の不当な判決を受け、刑務所で服役中だった。王傑さんの最期を看取ることはできなかったのだ。

「よく頑張った!」「これは叔母の代わりだよ!」

朱柯明さんは釈放後、香港に渡り、香港市民として再び江沢民を提訴した。

朱柯明さん
「江沢民は国家主席 軍委員会主席の権力を利用して、1999年に法輪功学習者への迫害を発動した」

段巍さん、朱柯明さん及び王傑さんは、江沢民を提訴した第一人者である。人類史上最大の人権侵害およびジェノサイドに対して、3人は勇敢に立ち上がったのだ。

このことは中国で人類史上最大規模の人権訴訟の波を引き起こした。2015年12月まで、20万人以上の中国人が最高人民検察院と最高人民裁判所に対して、法輪功迫害の罪で江沢民を提訴した。

時には不公平な扱いを受けても抵抗する力がないかもしれない。しかし、疲れ果てて力が尽きて絶望した時こそ、大切なのは信念を堅持し、前進する勇気を失わないことだ。

 

【引用元】NTDジャパン「正義のために–江沢民提訴第一人者の勇気」2021年8月2日

あとがき

迫害を受けている法輪功学習者一人一人に家族や親戚や友人がいる。1999年の迫害の前は1億人近い人々が愛好していたというから、迫害が始まって今までどのくらいの人々が残虐な迫害に巻き込まれてきたか計り知れない。何の罪も無い、ただ健康で良い人になりたいという信念を持った中国国民を殺戮している中国共産党政権は、法の下できちんと裁かれるべきだと思った。

現在、全世界で江沢民刑事告訴を支援する署名活動が展開されているという。