近年、市民らは、中国共産党(以下、中共)の本質に気づき堂々と中共に対して抗議したり、ののしったり、皮肉ったりしている。
中国ではここ数年、これまで抑え込まれてきた市民の不満が、ネット空間や街頭で一気に噴き出している。 かつては絶対的な影響力を持っていた国民を統制するための官製メディアでさえ、いまや市民の皮肉や批判コメントに埋め尽くされ、政府の発信がそのまま受け入れられる時代ではなくなっている。
特に2025年以降、人民日報や共青団、国防省アカウントなどの“公式発信”が、公開直後から猛烈な批判にさらされ、削除が追いつかないほどの炎上状態が続いている。
市民は実名制のアプリであっても恐れず、政府の矛盾や不正を鋭く突くコメントを投稿し、当局の宣伝はもはや説得力を失いつつある。
官製メディアの崩壊と、市民の覚醒
看中国の記事によれば、官製メディアが炎上を繰り返す背景には、 政府の語る物語と、市民が日々体験する現実のギャップがあまりに大きくなったことが原因とある。
– 「共富」を掲げる指導層が資産公開を拒む
– 「戦う覚悟」を語る者の子どもは海外留学
– 「ゼロコロナ」を推進した家族は海外移住
– 市民には犠牲を求めながら、自らは安全圏にいる
こうした矛盾が繰り返し暴かれ、政府の言葉は道徳的説得力を失い、市民は皮肉や比喩を使って本音を表現するようになった。
市民の本音が噴き出したコメント欄
こうした矛盾への不満は、官製メディアのコメント欄に生々しく表れている。人民日報が海外在住の中国人に「平和と正義のために行動せよ」と呼びかけた際には、次のような辛辣な声が殺到した。
「高官は資産公開もできないのに、誰があなたたちを信じるのか」
「戦争を煽るなら、まず煽った本人を前線に送れ」
「逃げる準備はもうできてるんだろ?」
「宴会には呼ばれないのに、命を差し出せと言うのか」
また、人民日報が「ネガティブな感情を煽るな」と訴えた記事にも、市民は即座に反論した。
「ネガティブな感情はどこから来るのか?」
「問題を解決できないから、指摘した人を消すのだろう」
「泣くのは禁止で、笑うことだけ許される社会か」
さらに、国防省や共青団の“愛国動員”投稿にも皮肉が相次いだ。
「全民皆兵? まず指導者の子どもを戦場に送れ」
「青春を捧げろ? なら北京の戸籍をくれ」
「China is ready」→「Ready to run(逃げる準備完了)」
これらの声は、もはや市民が恐れずに権力の矛盾を突き、堂々と批判を表明していることを象徴している。
街頭で噴き出す怒り──各地で広がる市民の抗議
一方、街頭でも抗議が相次いでいる。四川省江油市では少女への暴行事件をきっかけに数千人規模のデモが発生し、武装警察との衝突で流血事態に発展した。
成都や武漢でも、城管(都市管理局)の暴力行為に対し市民が包囲・抗議する事態が頻発し、SNSでは「市民が立ち上がった」と広く共有された。
各地で続く抗議と、広がる“恐れない市民”
昨年8月の江油市・成都・武漢での抗議は、いずれも暴力事件や不当な取り締まりが引き金となったが、本質的には長年の圧政に対する市民の怒りが爆発したものだと指摘されている。
SNSでは以下のような声が広がった:
「市民は生活を守ろうとしているだけだ」
「暴力で口を塞ごうとしても、怒りは消えない」
「全国で火の手が上がっている」
情報統制が厳しい中でも、映像や証言は拡散し続け、市民の覚醒は止まらない。
歴史が示す“真理を堅持する力”
これらの動きは、単なる偶発的な事件ではない。
長年積み重なってきた中共政権への不満がついに臨界点に達し、市民が“恐怖より怒り”を選び始めた兆しであり、社会そのものが“真実と自由”を求めて動き出した証拠でもある。
1989年、チェコで共産党支配を終わらせた「ビロード革命」を導いたハヴェル氏はこう語った。
「共産主義に対抗する最高の武器は武力ではなく、道徳・理念・知識だ。危険に直面しても勇敢に立ち上がり、真理を堅持することが最も効果的な方法だ。」
いま中国で起きている市民の行動は、まさにその言葉を体現している。
未来への選択としての“声”
中共の虚構を見破り、拒絶し、声を上げることは、自らを守り、社会を守り、そして世界の平和を支える未来への選択でもある。
【参考記事】看中国(2025年12月29日、動画あり)
【関連記事】中国共産党体制への市民の怒りが爆発!8月抗議デモ頻発 市民の覚醒か
【参考資料】九評【第三評】「中国共産党の暴政」
