現在、神韻芸術団で活躍している孫弘威氏は、幼い頃、母を拉致され、未来さえ奪われかけました。しかしその後は台湾へ渡り、やがて神韻ダンサーとして世界の舞台に立つことになります。
これは、迫害を生き抜き信念と真の伝統文化を守り抜いた一人の青年の実話です。
◆母が拉致され、幼い心に刻まれた恐怖
母が私を妊娠した時は二人目の子でした。当時は政策違反だったので、必ず強制的に中絶させられました。当時私のおじいさんが台湾に住んでいたので、両親が考えたのが台湾に行くことでした。だから両親は親族訪問という形で台湾に行き、そこで私を無事に出産しました。生まれて間もなく、両親は私を連れて大陸に戻りました。
私が初めて法輪功に触れたのは4歳のときでした。母親が私を連れて一緒に李先生の講義ビデオを見に行きました。
私がもうすぐ7歳というとき、突然警察が家に踏み込んできたのを覚えています。その時母は家にいませんでした。しばらくして母親が家に戻り、 父は私と兄をとりあえず狭い部屋に入れ、そこから出ないようにと言いました。外からは激しい怒鳴り声が聞こえてきました。私と兄は抱き合い、ただ怯えて泣くしかありませんでした。あまりの恐ろしさに、最後には声も出なくなり、二人ともただ呆然と立ち尽くしていました。
10分か20分ほど経った頃、母は力ずくで拉致されていきました。その後、大勢の私服警官が家に雪崩れ込み、家宅捜索が始まりました。母は上海の拘置所に収容された後、7年の実刑判決を受け、杭州の女子刑務所でその年月を過ごすことになったのです。
母がいなくなったことは、私たちの家庭にとってあまりに大きな打撃でした。「お母さん」という言葉を耳にするたびに、私の心はドクンと波打ち、「お母さんはそばにいない、刑務所にいるんだ」と重苦しい気持ちになりました。社会からのこのような圧力で私は次第に心を閉ざし、何も表現できなくなりました。
中国共産党による迫害は、社会の隅々にまで及んでいました。特に深く記憶に刻まれているのは、小学校の「思想品徳(道徳)」の授業です。教科書の一つの章には、法輪功は邪教であり、「天安門焼身自殺事件」などの嘘が並んでいました。中共はこのような嘘を教科書に書き込んで、子供たちを洗脳し、恐怖を植え付けたのです。
その話が始まると、私は居たたまれない気持ちになり、ただただ怖くて仕方がありませんでした。私は頭を深く垂れ、一度も顔を上げて先生を見ることなく、授業の間中はずっと頭を下げたままでした。
◆信念を守るために選んだ、母との二度目の別れ
母が釈放される日、私たちは朝早くから刑務所の門の前で待っていました。遠くに人影が見え、それが母だと分かった時、言葉を失いました。母はひどくやつれ、たった7年の間に、まるで10数年も歳を取ってしまったかのように老け込んでいたのです。再会できた喜びと興奮の一方で、その姿を見て胸が締め付けられるほど悲しくなりました。
実は、ようやく叶った一家団らんも、長くは続きませんでした。1月に母が釈放され、それから半年も経たない7月には、私は台湾へ渡ることになったのです。
母・朱媛珠氏の話
当時、現地の「610弁公室(法輪功を迫害する超法規的機関)」は私に直接言うのではなく、私の夫を通じて圧力をかけてきました。「『もう二度と煉功しない』という保証書を書けば、子供はここで学校に通わせてやる。さもなければ、息子は台湾籍でパスポートも切れている『不法滞在者』なのだから、学校に通わせないこともできるんだぞ」と脅してきたのです。
以降、孫氏の話
私の心は激しく葛藤しました。その時祖父はすでに他界しており、台湾には身寄りが一人もいなかったからです。けれど、これが唯一の道だと分かっていました。私が大陸で学校に通うためだけに、母が刑務所で7年間、命がけで守り抜いた法輪功を、捨てさせるなんて、そんなことはあってはならない、到底見合うものではないと思ったのです。
当時の私たちにとって、台湾へ渡って進学することが、最善の、そして唯一の選択でした。
飛行機の中では、ずっと落ち着かない気持ちでした。台湾生まれとはいえ、私には台湾の記憶が全くなく、その後一度も訪れたことはありません。私にとってそこは完全に未知の場所であり、一寸先も分からない不安で胸がいっぱいでした。
しかし、台湾に着くと、法輪功の仲間の方々が多大な助けを差し伸べてくれました。彼らには感謝の言葉しかありません。私の衣食住から何から、本当の子供のように親身になって面倒を見てくれたのです。
法輪功を修煉する人々は、本当に素晴らしいと感じました。会ったこともない私のような人を、まるで自分の実の息子であるかのように温かく受け入れ、接してくれたのです。
◆神韻との出会いが開いた、新しい世界
忘れもしない2010年、台北で神韻公演を観劇しました。観終わった後はただただ圧倒され、神韻のアーティストの方々は本当に素晴らしい、と心から感動したのを覚えています。当時の私にとって「踊り」は自分とは無縁の遠い世界のことのように思え、特別興味があったわけでもありませんでした。しかし幸運なことに、台湾に飛天(萬松)芸術学院が設立され、私はその門を叩くことにしたのです。
実際に学んでみると、自分でも驚くほど(中国古典舞踊に)魅了されていることに気づきました。中国古典舞踊の男性の踊りは、非常に力強く、そして実に颯爽としていて格好良いのです。私はもともと体を動かすことが好きなスポーツマンタイプだったので、基礎的な技巧を練習することも全く苦にならず、むしろ大好きでした。そうして少しずつ踊りにのめり込んでいき、ついに飛天芸術学院を受験しました。
その後、アメリカでの面接を経て、正式に合格が決まりました。合格を知った時のあの震えるような感動は、今でも忘れられません。例えるなら、バスケットボール選手がNBAのチームに指名された時のような……まさに「夢が叶った」という瞬間でした。当時の私にとって、飛天に合格してここへ来ることは、それほどまでに大きな夢の実現だったのです。
アメリカでの生活は、台湾や大陸とは全く異なるものでした。都会の喧騒から離れ、静かな庭園と壮麗な唐様式の建築の中で学ぶ環境は、心を落ち着かせてくれました。何より、教師も生徒も皆が「真・善・忍」を修める修煉者であるため、互いの関係は非常に穏やかで友好的でした。皆さんがとても親切で、温かい雰囲気だったので、ここで過ごす時間が本当に好きでした。
◆迫害を生き延びた者として胸に抱いた使命
もちろん、訓練はハードでした。一番苦労したのは、体の柔軟性(軟度)を高めることです。私の体は人一倍硬かったため、他の人が1日1回のストレッチで済むところを、私は2回行わなければなりませんでした。股関節や肩を広げる10分間のストレッチの間、全身は激しく震え、あまりの痛みに声も出ないほどでした。それでも「諦めたい」と思ったことは一度もありません。私には、歩み続けるための揺るぎない信念がありました。
私はこの迫害を生き延びた当事者です。実は、自分はとても幸運だと思っています。母が無事に海外へ逃れ、家族が再び一緒にいられたのは、奇跡のように幸運なことでした。だからこそ、私には中国大陸の法輪功修煉者のために、声を上げる義務があると感じていたのです。
ある演目で、男の主人公は大法の修煉をしていました。結婚式の最中に警察が踏み込み、拉致され、刑務所で残忍な拷問を受けた末に、角膜を強制摘出(生体臓器狩り)されるという役どころです。私はこの主人公を決して遠い存在とは思えませんでした。話したように私自身がこの迫害を経験したからです。母は刑務所にいた頃、頻繁に採血や健康診断を受けさせられたと言いました。それは、ドナーとしての適合性を確認するためでした。自ら迫害を経験したからこそ、私は役の心情を深く理解し、その世界に完全に入り込むことができたのです。
私たちが初めてドミニカ共和国へ公演に行った際、中国大使館による激しい妨害に遭いました。彼らは劇場のスタッフに対し、神韻の公演を中止するよう迫りましたが、劇場側はこれに応じませんでした。すると彼らは、今度は大統領府に書簡を送りつけましたが、大統領からは「契約はすでに締結されており、中止はできない」という回答が届きました。
公演の一週間前、大統領が国外へ出発するという情報を聞きつけた中国大使館員たちは、あろうことか空港で大統領を待ち伏せしました。そして、「もし公演を中止しなければ、中国とドミニカの関係は悪化するだろう」と脅し、さらには国への援助を停止するとまで言い放ったのです。しかし大統領は彼らを相手にせず、私たちは無事にドミニカ公演を完遂することができました。
また、それ以外にも「公演を中止しなければ命の保証はない」といった爆破予告や恐喝メールが届くこともあります。こうした脅迫を受けた際は、その都度、防爆警察に出動を依頼し、劇場内の安全を確認しなければなりません。こうした妨害は、劇場や私たち出演者、そして何より観客の皆様に多大な影響を及ぼしました。
神韻の設立以来、こうした事態は常に起きてきましたが、近年は特にエスカレートしています。神韻の歩んできた道のりは、本当に険しいものでした。
◆“真の中国”を未来へつなぐために
伝統文化を復興させることの意義は極めて重大です。私たちは、中国の伝統文化、すなわち「神伝文化」を蘇らせ、「真・善・忍」という普遍的な価値を観客の皆様に届けているのです。
中国人は神韻を必要としています。いえ、全世界の人々が神韻を必要としていると私は感じています。特に、中国人にとってはなおさらです。なぜなら、伝統文化の発祥の地は中国でありながら、現在は中国共産党政権によって数十年にわたり迫害され続けているからです。だからこそ、私たちは本来の中国を復興させなければならないのです。
神韻のスローガンに「共産主義以前の中国」という言葉があります。私たちは、この「真の中国」の姿を、必ずや中国の地へと取り戻さなければなりません。
【引用記事】新唐人テレビ(2026年2月1日)
【参考資料】法輪功について
