香港国家安全法という中国の暴挙を罰するアメリカの「最終兵器」

人権
警察官に身柄を拘束される香港のデモ参加者(7月1日)

香港国家安全維持法を巡り、米トランプ政権は、犯罪人引き渡し条約の停止に向けた準備に入ったらしい。数週間のうちに停止する可能性があり、米中間の新たな火種になっている。オーストラリアとカナダは既に、同条約を停止している。


【Newsweek 2020年7月14日】

<米中関係の悪化に止めを刺した香港問題。イギリス、カナダ、オーストラリアなどと共に強まるファイブアイズの中国包囲網>

米ドナルド・トランプ政権は、中国が香港の法的な独立性を骨抜きにする「香港国家安全維持法」を施行したことを受けて、香港との間に結んでいる犯罪人引き渡し条約の停止に向けた準備に入った。

元政府関係者や議会関係者はフォーリン・ポリシー誌に対して、数週間のうちにも条約停止が決定する可能性があると言っており、米中間の新たな火種になっている。

トランプは5月、中国による香港の統制強化を理由に、香港との関係(犯罪人引き渡し条約や輸出管理、貿易関係など)の見直しを始めると表明していた。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)や新彊ウイグル自治区のウイグル人の収容問題、今もくすぶり続けている貿易摩擦や関税の問題もあり、米中関係は既に緊張状態にあった。

さらにマイク・ポンペオ国務長官は7月13日、中国が南シナ海で主張する領有権の一部を認めないし、南シナ海での中国の資源探査は「違法」と明言した。ポンペオは声明で、中国は「自分たちの主張を一方的に押しつけている。南シナ海の『九段線』について、筋の通った法的根拠を示していない」と述べた。

米市民の安全にも関わる

ホワイトハウスと米国務省はいずれも、犯罪人引き渡し条約の停止についてコメントを拒否したが、同条約の停止については複数の有力議員が支持を表明している。米議会では既に、香港国家安全維持法の施行に携わった中国の当局者への制裁を可能にする法案が可決されている。この「当局者」には、デモ隊を罰した警察部隊や、香港の自治を侵害する行動に関与した金融機関などが含まれる。

「中国共産党は、中国本土と香港を隔てる防火壁を破壊した」と、下院外交委員会の筆頭委員であるマイケル・マコール議員(共和党)はフォーリン・ポリシーに語った。「アメリカ人を香港に引き渡すことは、もはや安全ではない。中国共産党が新たな国家安全維持法に違反し得ると考えるあらゆる罪で不当に訴追され、中国本土で裁かれる可能性があるからだ」

院外交委員会の委員長であるジム・リッシュ上院議員(共和党)は、犯罪人引き渡し条約の停止は、香港とのより幅広い関係を見直すというトランプ政権の方針に沿う決断だと述べた。「新たな国家安全維持法は、香港の法の秩序を骨抜きにするものであり、犯罪人引き渡しに関する協力や米市民の安全にも影響を及ぼす」と彼は言う。

オーストラリアとカナダも既に、香港との間で結んでいた犯罪人引き渡し条約を停止している。このことは、西側の多くの国にとって、香港の司法制度への信頼が既に「過去のもの」であることを示唆している。国家安全維持法が可決される前、香港は約20カ国との間に犯罪人引き渡し条約を結んでいた。このうちオーストラリア、ドイツ、イギリス、アメリカ、インド、シンガポールとマレーシアなどは、中国本土との間では犯罪人引き渡し条約を結んでいない。

イギリスのボリス・ジョンソン首相は、国家安全維持法の施行を理由に、300万人の香港市民に対して、イギリスでの就労ビザや市民権を申請できるようにすると表明。オーストラリア政府も同様の方針を表明し、また香港に拠点を置くオーストラリア企業に対して自国回帰を促した。

6月30日に可決された香港国家安全維持法は、香港で起きた「政治犯罪」取り締まりの管轄権を中国本土当局に引き渡すことで、事実上、香港から司法の独立性を奪うものだ。同法は、「非居住者」が海外で中国政府を批判した場合についても、中国政府に訴追の権限を認めている。つまり(同法に違反したと見なされた)外国人が、香港に入境した際、身柄を拘束される可能性があるということだ。

「最終兵器」について議論も

そして犯罪人引き渡し条約の停止は、今や中国の事実上の延長線上にある香港との、もっとずっと困難な関係の「幕開け」にすぎないかもしれない。香港は貿易と金融のハブとして、中国が世界的な金融システムにアクセスするのを助けてきた――これはトランプ政権からすれば、利用できるかもしれない「弱み」だ。そのためトランプ政権内部では、中国に対する制裁として、香港の米ドル購入を制限する案が検討されていた。実現すれば香港の米ドルペッグ制が揺らぎ、中国のドル調達やドル資産投資にも支障が出ると考えられるからだ。

「政権内部では、香港の銀行が容易にはドルを購入できないようにする措置に、本当に価値があるかどうかが議論されているようだ」と、戦略国際問題研究所の中国プロジェクト担当ディレクターであるボニー・グレーザーは言う。「実際にそのような措置を取った場合、金融ハブとしての香港の地位は弱体化することになるだろう。狙いは、中国が香港をビジネスに利用できなくすることだ」

だがグレーザーは、ペッグ制に打撃を与えるやり方は、香港の銀行と市民を苦しめることになると警告する。「本当にその最終兵器を使いたいのか。政権内部でもこの問題が議論されていると思うし、そうであることを願っている」

ブルームバーグは7月13日、この「ペッグ制攻撃案」については取り下げられたようだと報じた。

 

【引用元】https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/07/post-93959.php